1970年とポートランド。

最近、1970年(正確に言うと1969年から1971年)のプレイリストを作って、そればかり聴いていた。単に中高生の頃、ラジオで聴いていたアメリカン・ロックが懐かしくてなんだけど、今日成城大学で行われた世田谷区のシンポジウム「なんの変哲もない地方都市のポートランドが目指したみんなが住みたい町について学ぶ」に参加してみて、共通する発見があった。
1969年はあの伝説の野外フェス「ウッドストック」があった年で、1969年、70年、71年と私にとってはアメリカン・ロックデビューのきっかけになった曲がたくさん生まれた。その後70年代半ばにはイーグルス、リンダ・ロンシュタット、ドゥービー・ブラザーズ、ジャクソン・ブラウンなど西海岸を代表するビッグスターがどんどん出てくるんだけど、ちょうど同じタイミングでポートランドという町が大きく変わるターニングポイントの年だったということ。
ヒッピー文化が世の中を変えるムーブメントになったということは保坂区長の話でも何度となく聴いていたけど、まさにウッドストックに行っていたような彼らの「高速道路よりも公園を」という声がその後、何の変哲もないポートランドの町を少しづつ変えていったエンジンになったという気づきがあった。
ここ数年、ポートランドがブームのようになっていて、人口が増え続け、家賃も高騰し、住みやすい町からまた少しづつ変容してしまっているということらしいけど、半世紀近い時間が必要だということは、これからこの世田谷や東京の町をもっと住みやすい町に変えていくためには、どんだけの時間が必要なんだろという絶望感のようなものも感じるけど、半世紀前のロックを今でも聴いている自分こそ何も変わっていないのかというお笑い話でした。

2018-10-13 | Posted in Tokyo CultureNo Comments » 

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