真田丸に湧く、東吾妻町の岩櫃城跡。

Out of Tokyo

恥ずかしながら、岩櫃城跡には行ったことがなかった。
岩櫃山のふもとにある平沢地区という集落には、親子隣人祭りでいつもおじゃましていた集落で、宿泊施設の「コニファーいわびつ」にも何度も宿泊はしたことがある。
しかし、岩櫃山には登ったこともなく、岩櫃城跡にも行ったことはなかった。
今年の大河ドラマ「真田丸」人気で、限界集落に近い集落に観光客がどっと押し寄せている。
何を言わんや、私もその一人であることには違いない。

群馬県吾妻郡東吾妻町。
私の生まれ故郷の隣町であり、母の実家のある町だ。
すぐ近くに原町という大きな町があり、友人の家にもよく寄らせていただく。
そんな田舎町が大河ドラマで湧いている。国道の両サイドには真田丸の仁旗が立ち、上州名物のからっ風に元気よくたなびいている。
真田と言えばお隣り長野県の上田市がホームだが、戦国時代は上田から暮坂峠を超えて吾妻に来て、さらに東へ向かい沼田城まで支配していたらしい。
今ではクルマで沼田から高山村の峠を超え、吾妻を抜けてから上田までおよそ3時間コースだろう。
大きな峠を二つ超え、しかも八ッ場ダムで話題の渓谷も抜けなければならない。
アクセスには難の多い山岳エリアであることには間違いない。

しかし、こんな山岳に城を作るとは、昔の人はどうやってこれほどの重労働を確保したんだろうといつも感心する。ただ登るだけでも息が切れるような山岳だ。
これならたしかに難攻不落を誇る鉄壁な城であること、確かである。

下の写真はオートスライドショーなので、しばし真田の見たであろう眺めをお楽しみくだされ。

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