Tokyo Walk

環八に佇む、バブルの影。

1989年、世田谷区砧に唐突にとんでもない建物「M2」が出現した。当時、マツダがトヨタ、ニッサンに迫れと、5チャンネル体制にシフトアップし、ユーノスというブランドで2シータースポーツカー「ユーノス・ロードスター」を発表した。そのブランドコンセプトによるクラフトマンシップ的モデルカー「M2」のショールームとしてここは使われていた。このクルマはその後のクルマづくりに大きな影響を与えたエポック的な存在になったが、マツダの目論見は見事に崩れて、ユーノスというブランドも消え去った。そして建物は残り、今ではセレモニーホール(斎場)になっている。
この建物をデザインしたのが、隈研吾。当時はまだ若く、最近になって「当時の失敗があったから今の自分がある」というインタビューを読んだ。でも、これだけの建物はなかなか無くならない。隈さんはこのM2を見る度に何を感じるのだろう。上空には月が輝いていた。

M2

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