集団的自衛権、なぜ反対するの?

1:そもそも、自衛隊の存在は何なのか?
庁から省へ変わり、防衛予算もそれなりにかけている。
今さら「軍隊ではない」とは言えないでしょう。海外からの武力行使に対する個別的自衛権の行使の場面であれば、軍隊以外の何ものでもない存在だ。それに、いざという時に日本を守ってくれるのは自衛隊だと誰もが期待をしているはずだ。海外、特にアジア近隣諸国からの武力危機が迫り、現実に世界各国で戦争が起きている今、そのような武力から我々を守ってくれるのは、間違いなく自衛隊だ。政治は守ってくれるかどうかも分からない。
自衛隊は軍隊に限りなく近い。呼び方の問題にしているに過ぎないと思う。

2:自衛隊の存在や活動は尊敬する。
先月だったか、国立競技場のサヨナラ式の時に、東京上空を飛行したブルーインパルスを見てなぜか涙が出たのは、おそらくブルーインパルスは戦闘行為をしていない、機銃砲で他者を傷つけていないという事実があるから、平和的な象徴として見ていたのだろうと思う。彼らは平和な国、日本の象徴であると。
そんな彼らが戦闘行為に参加しやすくなるのが今回の集団的自衛権の拡大解釈なのだと言う。ブルーインパルスが他国、他者を攻撃した武器になれば、拍手喝采する気持ちになれるかどうか。
それでも、海上保安庁もそうだが、彼らは戦闘せずに日本の国土を守ってくれている。相手からいきなり殴られても何もせずに身体を張っている。そんな彼らを私は尊敬する。しかし、世界には平気で子どもでも殺戮してしまうテロ集団が存在する。今や国境はないに等しく、日本にもその危険性がある。この現実に我々はどう対処するのか?

3:誰でも戦争には反対だと思う。
「日本が戦争をする国になる。戦争には反対だ。」反対派の声を集約すると、どうもこういうことになりそうだ。そこはほとんどの国民は同意見だと思う。集団的自衛権の行使=戦争参加なのか?そこはもう一つの意思決定があるはずだ。その前に立法行為もある。今後の国会の仕事ぶり、最後の意思決定の時こそ、本当の判断が必要になるのではないか。その時こそ、戦争参加への最後の判断を、我々国民は身体を張って止めるべきだと思う。

4:選挙で選ぶという行為を放棄しない。
内閣によって解釈が変えられる可能性あるのであれば、我々がもっと真剣に選挙で国会議員を選べばいいこと。戦争しそうな議員や政党には投票しなければいい。今回、このようなことをするであろうことも予想された安倍自民党に安定多数を与えたのは、我々国民なんだから、そこは我々に責任がある。何だか期待できそうだから、民主党に政権交代させてみた時もそうだった。今思い起こせば、彼らは政治の経験がなく、素人だった。創価学会(宗教集団)の公明党が連立与党に居座っている、政教一致を認めているのも我々の民意だから。
毎回のことだが、国政選挙でも地方選挙でも、先進国で日本ほど投票率の少ない国は珍しいと思う。昨日も若い人たちが大勢国会に集まっていた。ぜひ、次の選挙から我々の意思を表明しよう。我々も積極的投票行為をしよう。それしかないんだから、我々に与えられた権利は。

5:憲法の解釈とは。
日本がこれまで平和でこれたのは、憲法のおかげだけか?日米安保の存在や自衛隊の存在もあるだろう。外交安全保障もあるから平和であり続けられた。もちろんそこには政治の苦労や努力もあった。
そこで改憲派は言う。
「これだけ時代が変わって、経済もグローバル化しているのに、憲法だけ時代性を反映しないというのは現実的かどうか?」
たしかにそんな気もする。これだけ時代が変わり、グローバル化が進んでいる。
しかし、「天皇と日本国憲法」の中でなかにし礼氏は言う。
「彼ら(改憲派すなわち戦争推進派)は言う。今の憲法はいかにも古い。もはや時代に即さない、と。何をぬかす。日本国憲法は高邁(まい)なのである。『人類普遍の原理と理想』がそう易々と現実に即すはずがないではないか。即さないものを即すようにすることが理想の追求という行為なのだ」
「このままでは国際貢献ができないとも言うが、彼らの言う国際とはアメリカ一国のことである。集団的自衛権行使の名のもとにアメリカ軍の支配下に入り、地球のあちこちで戦争に参加し、人を殺し、殺されたいのだ。つまり戦争がしたいのである。ますますの隷属化であり属国化である」――と。
そして、
「そもそも憲法とは、権力を縛り国政を行う人たちの権限を制限するためにあるものである。ゆえにあなたがたにとって不自由は当然なのである。権力は疑うべし、なのだ。権力制限の論理が近代憲法の基本理念である。そしてその憲法の主権者は国民であることを忘れてもらっては困る」――と。
憲法の解釈など、本当に難しい問題だが、「戦争はしない」ことだけは国民全員の意図ではないか。

6:手続き的にはたしかに強引すぎる。
であれば、真っ向から憲法改正を国民に問えばいい。
現内閣による閣議決定で解釈を変えてしまうのはたしかに乱暴すぎる。なぜそこまで急ぐのか?おそらくアメリカからの意向が強く働いているのだろうと思われるが、国民には言えない事情でこの手法はかつても何度もあったことは歴史を見れば分かる。何を急がなくてはならないのか。今朝、すでにアメリカのコメントも出ていた。「歓迎する」と。

結論
そう簡単には出ない。が、この問題はまだまだ議論し続けていけばいいと思う。もっと時間をかけて。
集団的自衛権の行使はいたしかたないと思う。がしかし、憲法の解釈変更は反対。もう少し丁寧に、国民の意思も汲み取って、憲法改正の必要があるのかどうかを判断すべきだと思う。
でもそんなことやっている場合じゃないんだよ、というのが外務省や防衛省の声なんだろうが、そこは我々には分からない。昨日の日朝協議の結論も影響があるのだろうし。それを解決するのが政治の仕事だ。

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2014-07-02 | Posted in 未分類No Comments » 

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