法事に行って来て思うこと。

IMG_1042法事の時にしか会わない、会えない親戚の方が大勢いる。特に田舎で行われる法事だとどうしてもそうなる。実家の場合、それは顕著だ。法事の時に会うから、当然、昔話や故人の思い出話しになるが、それ以外のお付き合いというのはほとんどない。今度いつ会うのか、もしかしたらお互いの葬式の時かもしれないので、またお会いできるようにお互い頑張りましょうというような挨拶にもなったりする。
この風習はいつまで続くのだろうか。幸い、我が家の子供達も積極的に田舎の法事にも参列してくれているので、私の葬式の時には多少は親戚のみなさんの顔も覚えてくれているかもしれないが、東京に出てきて核家族で過ごして来た団塊世代の多くの家族たちも、あと数年もすれば葬式ラッシュになることは間違いない。葬式はまだ友人や会社関係の参列者が多いが、1周忌などの法事になると、親戚だけの集まりになるので、なかなか集まることも少なくなるのだと思う。東京でマンション暮らしの場合、ほとんど町内会のお付き合いもないので、近所の方の法事に参列するということもほとんどない。となると、日本に伝統的に伝わってきた法事という儀式も徐々になくなってくるのだろうか。そうなればお寺さんなどの商売にも大きな影響が出てくるだろう。世は高齢化である。お葬式予備軍がたくさん行列をして待っている。しかし、法事のマーケットはそれほど明るくはない。
自分の葬式をどうするか、そんなことを考え始めると、エンディングノートなるものを書き始めてみようかという気分にもなってくる。ブログも日記代わりのように毎日のことを綴っているので、エンディングノートを書くことで、死後のことまで自分なりに整理をつけることになるのだろうか。平和や国防の議論もいいが、自身や家族の死について、もっと多面的に考えてみることも必要なのじゃないかという気もする。東京に暮らしていると、いつ事故に巻き込まれるかもしれないリスクと背中合わせだし、物騒な世の中でもあるので、自身の死について向き合うことも必要なのかもしれない。そうすることによって残りの人生を見る目も変わってくるのかもしれないし。

2014-05-26 | Posted in Tokyo StyleNo Comments » 

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