代官山遺跡と猿楽神社。

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今日は代官山を歩きながら歴史の痕跡を見た。TSUTAYAのTサイトの開発物語の本「代官山オトナTSUTAYA計画」を読むと、増田社長も改めて代官山の歴史を調べてみたという話しがある。中沢新一氏のアースダイバーという本にも、東京の地理的な歴史の話がある。渋谷には私の事務所近くに金王八幡神社があり、その前を鎌倉へと続く鎌倉街道の記録もある。そして渋谷には坂が多く、駅周辺はもともと谷の地形で今でも川が流れている。かつての渋谷駅東口の東横のれん街がデパ地下にならなかったのは、この川があるせいだったと「ぶらタモリ」でも紹介していた。でも、代官山に古墳の跡なんてどこにあるのか知らなかったが、先日ヒルサイドテラスにあるトムズサンドに行く際に、ふと小高い森を見ると猿楽町神社という杜があった。何とヒルサイドテラスの中に、こんなお宮さんがあるとは。
「古よりこの地に南北に並ぶ二基の円墳があり。北側に位置する大型墳を猿楽塚と呼称している。この名称は、江戸時代の文献「江戸砂子」「江戸名所図会」等にも見られ、我苦を去るという意味から、別名を去我苦塚と称したとも言われている。六〜七世紀の古墳時代末期の円墳と推定され、都市化その他の理由により渋谷区内の高塚古墳がほとんど湮滅したなかで、唯一現存する大変貴重な存在であり、昭和五十一年三月十六日に、渋谷区指定文化財第五号に指定された。この地に移住する朝倉家は戦国時代からの旧家であり、遠祖は甲州の武田家に臣属し、後に武蔵に移り、中代より渋谷に住み、代々、無比の敬神家として、渋谷金王八幡宮と氷川神社の両鎮守への参拝を常とし、また氷川神社改建の折にも尽力している。朝倉家では、大正年間に塚上に社を建立し、現在、天照皇大神、素戔嗚尊、猿楽大明神、水神、笠森稲荷を祀り、二月十八日、十一月十八日を祭礼日と定めて、建立以来、一族をはじめ、近隣在郷の信仰を集めている。」とある。
先日行った朝倉家と事務所近くの金王八幡が繋がり、そして何と古墳時代よりこの辺りには人が住み着いていたという。丘の上には人が住む。谷には川が流れる。それがごく自然の地形であるが、今の渋谷の町からはそんな風景は想像もできない。渋谷駅はどんどん変わっている。毎週風景が変わる。かつて川だった駅周辺が、これから6〜7年かけて新しく生まれ変わろうとしている。人の欲望は限りない。

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ヒルサイドテラスは緑が多くて気持ちいい。

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渋谷駅はこれから7年くらいかけて大きく変わっていく。

2014-04-09 | Posted in Tokyo HistoryNo Comments » 

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